涙もろくなった

オリンピックの1年程度の順延が決まった。その頃までにコロナは治まっているのだろうか。アジアの一部やアフリカはこれから拡大すると言っているが。大方の見通しは2年延期であったが、1年にこだわったのは何か理由でもあるのだろうか。

 

前のブログで自分の性格を反抗精神が強く涙もろい人情家と書いた。確かに50の声を聞く頃からやたらと涙もろくなっていることは自覚している。ドラマやスポーツもだが、皇族の方が被災者をお見舞いしているシーンなどを見せられるともう駄目だ。特に上皇后様(美智子さま)。不謹慎を承知で言うと、美智子さまがお見舞いに来て下さるのなら、多少の災害に遭っても構わないとさえ思っていた時期もあった。

 

涙が止まらなくなって困ったのは、ずっと昔に遡る。高校1年の時、地元の文化ホールで映画鑑賞会が催され、上映されたのがソフィア・ローレンマルチェロ・マストロヤンニ主演の「ひまわり」。ご存知と思うがラストシーン、二人の永遠の別れプラスあの哀切極まる音楽ですっかり瞳はうるうる。拭っても拭っても涙が溢れて止まらず、困り果てた。

 

誰にも気付かれないよう、まだ館内が明るくならないうちに自転車に飛び乗り家路を急いだ。見つかっていれば何を言われたか分からない。それにしても鑑賞会が学校の体育館でなくて良かった。

 

このひまわりの監督は名匠ビットリオ・デ・シーカ。彼には「自転車泥棒」というひまわりを更に上回る名作がある。映画についてはまた回を改めたい。