長編文学

タイトルに惹かれて偶然借りた江上剛さんの「円満退社」がとてつもなく面白かった。日頃は実用書や趣味の本しか読まないが、はまる小説に出会えた時の楽しさは他に例えようがない。

 

遠藤周作さんだったか北杜夫さんだったか、「坊っちゃんは何とか読んだが吾輩は猫であるは途中で投げ出した。」とおっしゃっていたが、私も全く同様、お恥ずかしい位小説を読んでいない。

 

今まで読んだ小説でもっとも長編だったのは船山馨さんの「石狩平野」とドストエフスキーの「罪と罰」でどちらも分厚い文庫本で2冊くらい。

 

石狩平野」は音楽評論家の宇野功芳さんの本で紹介されていたのを機会に購入した。こんな名作が今は何故か売られていない。古書で見かけたら是非購入することをお薦めする。ドラマや映画もそうだが面白いものは最初から引き込まれるものがあり、宇野さんが書いていた通り「ゆっくり読むのに苦労した。」

 

その点「罪と罰」は若干事情が異なる。前にも触れたが1989年新婚早々サウジアラビアへの出張を命じられ(それも40日!)、現地で暇を持て余すかも知れないと、急遽空港内の売店で購入した。

 

いや、買っておいて正解だった。お国柄アルコールは一切ご法度。これと言ったレジャーもない。テレビもアラビア語でさっぱり分からない。たまに面白そうな番組があっても急にお祈りの中継みたいなものが割り込んで中断される。等々

 

こんな究極の?状況に置かれていなかったら「罪と罰」はおそらく途中で挫折していたに違いない。何しろ登場人物の名前だけでも○○スキーとか○○ビッチなど通常の状況下だったらこの時点で気力が萎える。

 

でもサウジアラビア出張中は唯一の楽しみである夕食後は何もすることがない。週に一度の休日も外は灼熱地獄(リヤドという町では58℃!という気温を体験した。)仕方なしに読み始めた。

 

普通ならここでハマるのに時間は掛からなかった、と言いたいところだが最初の何日かは結構根気が要った。日本に居たらいくら暇でも辞めていたと思う。

 

10日から2週間くらい経った頃からだろうか段々と作品にのめり込んで行く自分が居た。こうなると上記の「石狩平野」と同様だ。出張の残り日数と残ページを計算し、今日はここまでと泣く泣く本を閉じる日々が続いた。お陰で有意義なプライベートタイムを過ごすことが出来た。超一流の芸術作品に与えられる感動はやはり別格だ。荻昌弘さん(映画評論家)の言葉を借りると「心臓に直接手を触れて揺さぶられる」ような心の震えを覚えた。

 

出張から帰国後、私はすぐに同じドストエフスキーの「カラマアゾフの兄弟」を購入した。こちらは文庫本3冊。「罪と罰」の1.5倍の長編で、これを彼の最高傑作に挙げる人が多い。

 

残念なのはこの3冊がほぼ手付かずのまま本棚に収納されていることだ。映画のタイトルを真似て恐縮だが「私をサウジに連れて行って。」