桜田淳子さん

ここ1、2ヶ月人やモノの名前が出ないことが増えてきた。先日も「暴れん坊将軍」の最後に華岡青洲の名前が出て来たので、そう言えばもう一人の紀州の生んだ偉人で不平等条約の改正に尽力した人って誰だったかなと頭に浮かんだのだが、名前が出て来ない。顔も浮かんでいるし、何より子供の頃の通学路にこの人の生誕地か何かの記念碑があった。

 

思い出せないままでは気持ち悪いので、思い付くキーワードで検索すると直ぐに分かった。陸奥宗光だ。因みに使ったキーワードは明治、政治家、奥さん美人の3つ。

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どうだ、美人だろう。って人の嫁さんだけど。

 

先日まで読んでいた「フルトヴェングラーカラヤン」という本でカラヤン英雄の生涯(R.シュトラウス)、それも1959年録音の最初のものが激賞されていて、堪らなく聴きたくなった。捜すとアマゾンにもヤフオクにも手頃な値段で出品されている。でも、運良くこれらを入手できても届くのに数日掛かる。私は時に自分でも驚くほどしつこくモノの入手に執念を燃やす時があり、多くの書店、コンビニで完売していた週刊誌を求めて会社帰りに延々と車で走り回ったこと、数回ではきかない。今週刊誌が完売なんてこと、あるのだろうか。

 

直ぐに聴きたい。よし!図書館に行こう。県立図書館、市民図書館どちらも自転車で10分程で行ける我が家の立地に感謝しつつ出発。

 

あった!それも念願の1959年盤。勇んでカウンターに持って行くと「2枚まで借りれますけどいいですか?」職員さんからすれば勿論親切なお声掛け。処がこちらからすると不意にカウンターパンチを食らったような一言。2枚目を決めるのに優に30分は掛かっただろうか。散々迷って借りたのが桜田淳子さんのベストアルバム。

 

さて、英雄の生涯。素晴らしかった。音質、好き嫌いも含めればライナー、メータの旧盤(ロスフィル)とこの演奏で私のベスト3は決まりだ。

 

ついでで借りたことからもお分かりのように私はどんぴしゃの桜田淳子さん世代だが、けして彼女のファンではなかった。レコード、CDも1枚も買ったことがない。雑誌やグラビアも同様だ。たまたま見ているテレビに出ていることはあっても彼女目当てで見た事は一度もない。借りたCD全16曲中、僅かに曲名のみ覚えているのが3、4曲。まあ、英雄の生涯を鳴らす前の機器のウオーミングアップのつもりで再生した。ところが…

 

曲名すら覚えていない歌の歌詞が口をついて出て来るのだ。それだけでない。確か、この辺りで少し裏声を使うとか、ここにこんな楽器が出てくるとかの微細な部分までの記憶がことごとく蘇ってきて、それがほぼ100%当たっているのだ。上に書いたように、自分から意識して彼女の曲を聞いたことは一度もない。歌詞なんか見た覚えすらない。何十年も前にただながら見、ながら聞きしていただけだ。

 

ひょっとして私は天才なのだろうか。いや、天才が陸奥宗光のような郷土の偉人の名前を忘れることはあるのだろうか。

 

本当に脳の機能は不思議だ。桜田淳子さんの歌のような何十年も前の歌が刻み込まれている。一方で昨日の晩ごはんが思い出せない。これからも第2、第3の陸奥宗光が出て来るのだろう。