それこそ思い上がり

尊敬する双葉山は今だに破られていない69連勝の大記録で知られるが「もしあの人が生きていたらその記録もなかったのでは」と言われる力士がいる。名前は沖ツ海福雄。23歳でのフグ中毒死であった。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%96%E3%83%84%E6%B5%B7%E7%A6%8F%E9%9B%84

 

https://www.tokai-tv.com/tokainews/article_20210824_11096

どこの店でも起こり得る話だ。被害者が出ないことを願う。

 

 

高校野球の4強が揃った。夏の大会では史上初めて全て近畿勢らしいが、春の選抜では4強全て近畿勢ということがあった。1979年。顔ぶれは今でも覚えている。PL学園、浪商、東洋大姫路、そして箕島。今年は4強全て、この年も箕島以外は全て私立高校だった。その中で箕島が優勝したのだから堪らない。練習環境は段違い、選手個々の力でも恐らく箕島は一番劣っていただろう。やはり尾藤監督は偉大だったのだと改めて思う。

 

パラリンピックを子供達に見せることへの疑問については前に触れた。では大人はどうだろう。我々は何を感じ、何を学べばいいのだろうか。

 

阪神タイガースにはファンの数だけの監督が居ると言われる。昔こんなCMがあった。テレビでナイターを観戦中の阪神ファン桂ざこばさん演じる)が叫ぶ。

「川藤出さんかい!」で本当に川藤が出て来ると「ホンマに出してどうすんねん!」

 

我々はオリンピックならこの種の見方は出来る。男子4x100メートルリレーで「何やってんねん!」と口には出さずとも思った人は多い筈だ。選手が可哀想?存外そうでもないかも知れない。世紀の大誤審で銀メダルに終わった柔道の篠原さんが言っていた。「みんな慰めてくれる中で、もういっぺん投げにいかんかい。と言ってくれる人の方が有難かった。」

 

では我々はパラリンピックを見て「何やっとんねんボケ!」とか「しっかりせんかいカス!」などと言えるだろうか。とんでもない。何てことを言うのだと思われるか。

 

でも、そんな風に思想や考え方にブレーキを掛けること自体が彼らパラリンピアンに対する優越感、差別心の表れではないだろうか。

 

パラリンピックも他のスポーツ同様、野次を飛ばして楽しめる日、そんな日が来て初めて真の意味で平等な時代と思うが。