安易な慰めが却って傷付ける

携帯が鳴った。0120から始まる覚えのない番号。見当は付いたが果たしてその通りだった。「先日お買い上げ頂いたお腹の脂肪を減らすサプリメントですが今なら2ヶ月目以降も半額でお申し込み出来ます。」私はこんな相手にも丁寧に対応するよう心掛けている。向こうも仕事で電話をくれているのだ。

 

「折角ですが余り効果がないようなので。」

「いや、1ヶ月位で効果が出るものではありません。2ヶ月、3ヶ月と続けて頂いて。・・・」

それなら30日分なんていうキャンペーンするなよ!なんてことはけして言わない。

 

「いや、確かに効いてはいると思うのですよ。現にお通じが良くなっていますし(これは本当)。」

「でしょう、でしょう!ですので是非ご継続を。」

「いや、お通じが良くなった分、腹が減って腹が減って。お陰で余計太りましたよ。どうしてくれます?」

私に電話する順番になった人には気の毒なことをした。まだウンコではなくお通じと言ったことに免じて許して欲しい。

 

 

16年前、JR西日本が犠牲者100人を越える大事故を起こした。その1年後位のニュースで奇跡的に助かった人のインタビューが放送されていたのだが足に障害が残り、傷が非常に痛む、いっそ死んだ方が良かった真剣にそう思うとの言葉が頭を離れない。

 

そしてその人の言葉で一番印象に残ったのは皆から「助かっただけ良かったじゃない。」と言われるのが一番辛いということだ。

 

先日の放火事件がまだ頭を離れない。こんな大事件より神田沙也加のことを先に報じる阿呆ニュースは放っといて、今回の事件でも何人かの方は生命が助かるだろう。ひとりでも多く助かって欲しい。そして彼ら彼女らに我々はつい「助かったから良かったじゃない。」と言ってしまうのだろう。

 

前に書いた十数年前の事故で鎖骨、肋骨を折っただけの、見た目には全く分からない程度の負傷でもかなりの間、特に腕を上げたりすると思わず顔をしかめるほどの痛みが走った事を覚えている。だから下着の着替えは特に苦痛だった。ましてや今回の事故に遭った人の痛み、苦しみは想像を絶する。

 

今回の事故に限らずあらゆる事故、事件の生存者につい言ってしまいがちな言葉だが心しておきたい。子供が亡くなって親だけ助かった人にそんな事言えるか。