キダタローさんとチキンラーメン(と双葉山)

キダ・タローさん死去。https://news.yahoo.co.jp/articles/7304318b35522c5276896806907a867707315125

 

つい2、3週前の探偵ナイトスクープに出ておられたが。もっとも収録そのものはもう少し前だろうが何れにせよそんなに長く寝込むようなことはなかったと思われる。誠に羨ましい亡くなり方だ。近々カラオケに行くのでキダ・タローメドレーを歌おう。

 

以前、小澤征爾氏が山本直純氏を「才能は僕なんかと比べ物にならない。」と評していたがキダさんも同様、まだまだ過小評価されているように思う。つい先日、富山旅行の折り日本海みその看板を見た話に触れたばかり。今改めてCM曲を聞いたがいかん、涙が滲んでくる。年を取ると何故涙もろくなるのだろう。思うに感情の振幅の容量が小さくなるからだろうか。それとは反対に若い頃あれだけ心を震わせたマーラーブルックナーがあまり心に響かなくなったのは感情の容量を越えてしまっているからかも知れない。

 

40年以上前の学生時代、私は毎日のようにキダさんのラジオ「フレッシュ9時半キダタローです」(ABCラジオ)を聞いていた。

 

勿論、日々の話など覚えている訳もないがチキンラーメンの話だけは何故か脳裏に深く刻まれている。前にも触れたが再録しよう。

 

自分でスープを調合する程ラーメン好きのキダ・タローさん、ある日久し振りにチキンラーメンを食べると微妙に味が落ちている?後日、日清食品の人に会う機会があったので聞いてみた。すると開口一番「さすがキダさん、よく分かりましたねえ。」

 

その方いわく、以前は自社で鶏肉からスープを取っていた。その時はスープを取り終わった後の肉にも結構味が残っていた。何年か前からスープ取りを専門の会社に外注しているがさすが専門業者、彼らがスープを取り終わった肉には全く味が残っていない。その差が出ているのかも分かりませんね。・・・

 

製造業に携わった経験のある人ならこの話は単に食品だけに留まらない永遠の指針として理解して頂けると思う。しかしラジオでこの話を聞いた時は将来製造業に行こうなど、と言うより就職のことなど何も考えていない呑気な学生、なのに何故この話を印象深く覚えているのだろう。

 

ひとつには私の趣味がオーディオだったこと。材料に金を掛けるほど、贅沢に使うほど良い音の製品が出来る。ケーブル一本で音は激変、いや音は変わることは間違いない。コンポーネントの世界ではアンプ、スピーカー、プレーヤー、どれ一つの不調であっても忽ち全体の音に深刻な影響を及ぼすことを日常的に感じていたことが挙げられる。

 

もうひとつは、これは今想い付いたのだが私が熱心な双葉山フリークだったことがあるのだと思う。ビデオはおろか、YouTubeなんて夢のまた夢の時代、双葉山は一体どんな相撲を取っていたのか、僅かに残る写真と当時の目撃者の証言に頼る他に方法はなかったのだが、どんな相手でも正々堂々と受けて立ち、おかしな相撲は絶対取らない、正に余裕たっぷりの横綱相撲だったらしい。

 

一方、当時の横綱は輪島、北の湖、二代目若乃花、三重の海。後2者はさておき輪島、北の湖は歴代で見ても強い方の横綱だと思うが特定の苦手相手がいたり、自分の体勢になれないとバタバタ慌てたりとけして盤石の横綱相撲とは言えず、益々まだ見ぬ双葉山への憧憬が深まるばかりの日を送っていた。

 

そんな中に聞いたチキンラーメンの話、そうか双葉山は出汁を日清食品自身で取っていた時代の鶏肉と同じなんだ。出汁を取った後もまだ味の残っている鶏肉のように取り組み後も息も切らさず、汗もそれほど掻いていない、きっとそんな横綱だったに違いない。

 

そう言えは双葉山座右の銘は「木鶏」だった。何か因縁めいている。