トラウマ、またひとつ

初めて新幹線に乗ったのはいつだったか。ハッキリ記憶(記録)に残っているのは中学校の修学旅行だが小学生時代に東京に行った写真が残っているので恐らくその時も新幹線に乗っているだろう。会社員時代にはそれこそ毎月のように東京に行っていた時期があるがプライベートでの利用となると数えるほどしか乗っていない。東海道、山陽合わせて10回以上、20回未満といったところではなかろうか。それ以外の新幹線は乗ったことがない。

 

初めての飛行機、これはハッキリ覚えていて大学の卒業旅行でヨーロッパに行った時の伊丹〜成田、いや待てよ羽田だったかな?関空が未だなかったのは確かだが経由したのが成田だったか羽田だったかとんと思い出せない。何がハッキリ覚えている、だ。覚えているのは伊丹を出た時点で国際便扱いになるので機内は日本であって日本ではないという説明。へー、そんなことあるんだ。

 

ともかく初めての離陸は衝撃そのものだった。あの、背中がシートに押し当てられるような加速、そして離陸したかと思うとあっという間に陸地がみるみる小さくなっていく視界、全てが異世界の出来事に思えた。

 

飛行機があらゆる交通手段で1番事故が少ないことは知っている。でも一度起これば結果が重大なことになることも確かで、家族揃っては絶対に同じフライトに乗らないようにしている人も多いと聞く。飛行機は新幹線よりは乗る機会が多くあり、昨年も東北旅行に2回行ったので都合4回機上の人となったがこればかりは何回乗っても慣れるということがない。妻の手前、平気を装っているが心の中では今でも神様、仏様と念じている。

 

そして誠に恥ずかしいことだが万一の事態が起こってもあのお美しいスチュワーデス(あっ、今はフライトアテンダントと言うのか)の方々と一緒に死ねるのならもって冥すべしという殆ど悟りに似た心境になっている自分がいる。(前の山形旅行は飛行機そのものがセミクジラ位の大きさしかないプロペラ機でそれでなくてもよく揺れた上、スチュワーデスも幸田シャーミン似のおばさんでこれで事故ったら死ぬに死ねないとずっと案じていた。)

 

 

今、この本を読了した。「〜日記」シリーズの最新作。https://www.forestpub.co.jp/author/fukunaga_kotaro/book/R-0083

本作も無類に面白かったのは確かだが、電通という超一流企業に入っている時点で著者がよりすぐりのエリートであるということが前作までと異なっている。本書でも触れているが実際驚くような待遇であり給料だ。1番印象に残ったのはJリーグの選手たちと同じフライトで海外出張した時の話。恐らく貸し切りだったのだろう、これから読む人もあるので詳しくは書かないがもし離陸後の機内の様子が描写通りなら「酒池肉林」という以外、表現する言葉を持たない。

 

あのお美しいスチュワーデスさん達の何たる痴態!こんな事を知ってしまった以上もう飛行機に乗ることはないかも知れない。

 

こんなことを書きながら思い出した。あれは入社した年だから1982年、東京晴海で開催されたオーディオフェアの設営のお手伝いに我々新入社員が駆り出された。汗みどろになる仕事だから当然作業服持参。「お前らあの部屋で着替えてこい。」と指定されたのがフェアを彩るマスコットガールの休憩室。彼女らもリハーサルの為、現地入りしていた。バニーガールのような出で立ちで担当ブースの商品説明、だけではない、もし来場者から質問があればその場で答える知識も要求されるので皆必死で勉強している。顔は可愛いし、スタイルもいいし、頭もいいし努力家。相当に鼻の下が伸びていたことは間違いない。

 

そんな秘かなスケベ心も休憩室に入って吹っ飛んだ。ドアを開けるとものすごいタバコの煙、灰皿には口紅が付いたままのタバコが積み上がっている。そして机の上には飲みかけのコーラの空き瓶。さすがにビールはなかったが。そして決定的だったのが着替えの服がそのままソフアに掛かっていたことだ。

 

この時のトラウマが私を余計オクテに、より女性恐怖症にしたことは間違いなさそうだ。