今「三男三女婿一匹」という50年前のドラマを見ているがあべ静江さんの美しさは言語に絶する。日本女性が年々綺麗になっていることは間違いないが今の芸能界を見回してもこれ程の美人は絶対いないと断言できる。その点では前に取り上げた中村ゆりさんといえど一歩及ばない。
ずん飯尾さんのギャグに「あ〜あ、俺の描いた絵が1億円で売れないかなあ。」というのがある。凡人なら誰しも同感!だろう。
そあい憲三・名誉教授らにノーベル賞 https://share.google/tMmTcdn86k83nrMo8
その点、ノーベル賞を受賞すればそれこそ天下無敵だ。賞金が約2億円しかも非課税、また例外なく文化勲章を受賞するので350万円の年金が終身支給される。一生安泰なんて言葉では全然追い付かない。
いや、妬けているのではありませんよ、大体私ごときが妬けるような次元の方々ではないし。むしろ受賞を喜んでいる。知らない種目、知らない選手でも日本人が金メダルを取ったら嬉しいもの。それと同じ。
いつもなら良かった、良かったでニュースを見終わるのだが今回に限ってひとつの疑問が脳裏をよぎった。ノーベル賞の受賞は喜ばしい、ロシアや中国のような国を除き、多くの国では国を挙げてのお祭り騒ぎだろう。でもよく考えたら受賞者ってどうやって決めているのだろう。研究の成果や内容を検討するのだろうがノーベル賞を受賞するような人は既にその道の最高権威の筈。それを評価出来るような人などいるのだろうか。
閑話休題。クラシック音楽にこんな小咄がある。ある指揮者が言った。「私は神様に指揮者になるように命じられたのだ。」それを聞いたカラヤン「私はそんなことを言った覚えはないが。」・・・
きっとノーベル賞の選考委員にもカラヤンのような人がいるのだろう。
冗談はさておき、新たなノーベル賞のニュースが伝わると必ずこんなコメントが載る。
「きっと受賞すると思っていました。」
「むしろ遅過ぎたくらいです。」
ひょっとして分かっていたの?
理系の賞にせよ、文系の賞にせよ私達の預かり知らない世界の話だが裏舞台では丁々発止の攻防が繰り広げられているのではないか。
文化財の指定もそうだ。笑い飯哲夫さんがよく言っているが仏像にせよ、建造物にせよ、他府県にあれば間違いなく国宝や重要文化財に指定されるべきものが奈良にあるので指定されないというものが数多くあると言う。
これはAIも知らない事情だが国宝の中で刀剣の数が目立って多いのは選考委員のドン的な存在の人が刀剣の専門家でだれもその威光に逆らえなかったかららしい。
名前は忘れたが既に死刑執行された人の中に明らかな誤判定だった人が一人いて、何故誰も異論を挟めなかったか、死刑に至る化学判定をしたのが国から叙勲もされているような大家であったからとのこと。
こうなってくると文化勲章もノーベル賞もどこまで有難がっていいものか疑問に思えてくる。