日本人を貶めるマスコミ

東京五輪延期に伴う追加経費が約2000億円と発表。もはやどうでもしてくれ。オッといけない。政治家はこんな国民の無関心を一番望んでいるのだ。

 

私が初めてヨーロッパに行った1982年、出発前のオリエンテーションで聞いたのはフランスで黒人が警官に暴行を受けたとのニュースが入ってきた。アメリカだけではなかったのか。百田尚樹さんが最近書いたボクシングの本にモハメド・アリの「黒人同志が殴り合っているのを見るのは白人が奴隷を戦わせているようで、堪らなくなる。」という言葉が紹介されていた。

パンダとメダカ

11/22白浜で17頭目のパンダの赤ちゃんが誕生した。これだけの成果を挙げている動物園は世界中にも例がないそうで実に誇らしい。

 

知っている人も多いと思うがパンダの赤ちゃんは産まれた時は100-200グラム。動物というより大きな昆虫といった感じだ。赤ちゃんが小さいのはパンダは本来熊の仲間、肉食動物で他の動物から襲われる可能性が低いからで、逆に草食動物が産まれた時から大きいのは、いつ何時敵に襲われるかも知れないからだ。

 

今朝いつも通り新聞を取りに行ったついでに玄関の水槽を覗くとメダカの一匹が水面に浮かんでピクリとも動いていない。死んでいる。庭に埋めようと水に手を入れた瞬間、メダカは慌てて水中に逃げ込んだ。推測だがもう長くはあるまい。先程の例で言えばメダカは当然草食動物側、弱った姿を見せようものなら忽ち他の肉食魚の餌食になってしまう。あくまで私の飼育経験からだが同じ魚でも肉食(大型)魚は体調不良になると弱って苦しむ姿を見せる。

 

振り返って我々人間には2種類あるようだ。苦しい、しんどいとアピールするタイプと顔にも仕草にも見せないタイプ。

 

 

痛恨

やってしまった。既に持っている本を買ってしまった。

 

いや、今までも経験のないことではない。CDなど同じ演奏なのにジャケット違いで買ってしまったことはある。

 

今回は自分の読む本ではない。妻へのプレゼント。なので間違いのないように予めスマホで今ある本の写真も撮っていた。店頭で確認もした(はず)。なのに間違った。運転免許をとった頃うっかり車をかすったり、ぶつけたりした経験はあると思う。直す為の出費も痛いが、ぶつけてしまった己の不甲斐なさへの腹立ちも同じくらい大きい。二重にショックは大きい。

 

妻が気付かない振りして、家にあった本をそっと隠してくれていたら良かったのだが、それは逆恨みというもの。

 

西川のりおさんが新幹線ホームの売店で買った週刊誌と同じものが自分の座席に捨てられていて、立ち直れない程のショックを受けたと話していたが、その気持ち痛いほど分かる。それからのりおさんは週刊誌は拾うことに決めないるそうだ。

 

少し前に書いたがタモリさんは1回鼻をかんだくらいのティッシュペーパーを捨てることがどうしても出来ないそうだ。

 

のりおさんにせよ、タモリさんにせよそれらが高価なものだからというのでは勿論ない。彼らの収入からすれば「はした金」にも当たらない砂粒のようなものだ。でも、その気持ちはよく分かる。

 

よし、二重に買った本は読書好きの長女にプレゼントしよう。丁度正月に皆で集まることも決まったことだし。

 

因みに間違って買った本、110円。のりおさんやタモリさんよりショックが大きいのは当然だ。新刊本を定価で買っていたら?今頃寝込んでいる。

 

高野山と松下電器

2回も続けて会社のことを書くのはどうしたことか。結婚のお祝いに上司から貰った電子手帳で仕事運を占ったら「上司に恵まれず不遇」と出て、上司とふたり大笑いしたことは前に書いた。残念にもこの占いは当たっていたが。でも仕事や上司は別にして会社そのものは今でも好きだし、そこに在籍していたことは私の数少ない誇りのひとつだ。

 

高野山は地元ということもあり、何回か行ったことはあった。だが、もうひとつの霊山、比叡山は私が滋賀県に転勤その後結婚し、妻の両親と行ったのが最初だから30歳を過ぎていた。今は知らないが高野山に比べ地味、人も少なかった。ただ一つ大いに印象的だったのは山内の建物に比叡山で学んだ学僧の絵と名前の額が飾られているのだが、そのメンバーの豪華なこと!法然親鸞道元栄西日蓮etc。およそ日本仏教開祖のオールスター勢揃いの感があった。

 

丁度その頃、会社で若手社員対象の論文応募があった。その時書いたがタイトルと今回同じ「高野山松下電器」である。

 

私は何を思ったか。簡単に言うと、上記の通り比叡山では多くの仏教人が育っていった。鎌倉仏教は比叡山の存在なしでは考えられない。一方、高野山で学んだ僧から彼等に匹敵するような人物が出たか。出ていないとすればその理由は何か。開祖が偉大過ぎたことがその理由ではなかろうか。松下電器の創業者は言うまでもなく松下幸之助氏。

 

最澄空海を比べるつもりはないが、最澄はあくまで仏教という範疇の中での傑物。一方の空海は仏教に留まらず極めて広範な分野で偉大な足跡を残した文字通りのスーパースター。長い世界史の中でも彼に匹敵するのはレオナルド・ダ・ヴィンチくらいではないかと言う人もいる。簡単に後継者など育つべくもない。松下電器も同様の危機があるのではないか、概ねそのような事を書いた。

 

最近、松下電器(パナソニック)の株価が持ち直してきて少しではあるが益が出ている。そのこと自体は嬉しいが、株価が上がってきたのが社長交代の発表と同時期だったことには少し複雑な気持ちも残る。今の津賀社長は就任時、山下社長以来の期待が持てる経営者と評されていただけに尚の事だ。

 

ここでも私の言う事は時代を先取りし過ぎていたようだ。

 

所感

「所感」と言うと思い出すのは松下電器での朝会。毎朝社員が集まって社歌を歌い、会社の理念を皆で唱和しているシーンはテレビ等で見た方も多いと思う。

 

実はこの後もうひとつ続きがあってそれが「所感」。毎日持ち回りの当番で皆の前で数分程度の話をすることになつている。話のテーマは何でもOK。自身が最近感じたこと、思ったことを自由に述べてよい。

 

実はこの「所感」、思わぬ効用があって人前で話すことに慣れる、自身の考えをコンパクトにまとめる癖が付くなどが挙げられる。かく言う私、社業ではさしたる功績は残せなかったが「所感の達人」という称号を貰っていた。転勤先にくれた手紙に「○(私)の所感を思い出しながら手紙を書いています。」と書いてくれている人も居た。考えてみればブログも文字にした「所感」だ。

 

元、吉本新喜劇船場太郎さん死去。懐かしい名前の方がまた一人亡くなつた。よく岡八郎さんの弟役で出ていた。子供心にこの方と同じく新喜劇に出ていた片岡あや子さん、この二人は凄い美男美女だと感じていた。今調べたら片岡あや子さんは1993年に亡くなっていた。

 

毎日見ている「クイズ脳ベルshow」に穐吉次代さんという方が出ていた。舞踊家ということだが、それより苗字に目がクギヅケになった。「あきよし」と読む。私が何故この難しい名前を知っていたかと言うと、少し前にも触れた横綱双葉山の本名だからだ。まさかこの人が?と思ったら孫だった。もっとも双葉山は1968年に56歳で亡くなっているので次代さんを抱っこすることは出来ていない。私もその歳で亡くなっていたら孫の顔を見ることは叶わなかった。双葉山がせめてあと数年長生きして、相撲協会の改革に辣腕を振るっていれば、と言うオールドファンは多い。改めて余りにも早い死が惜しまれる。

ガンバレ実習生

全国チェーンの串カツ店に初めて行ってきた。全国と言っても和歌山にはない。よくあるパターンなので今更嘆く気にもならない。大阪市内は時節柄避けたかったので岸和田店に行った。

 

最初に注文を聞きに来てくれた店員さんから「当店の実習生を担当させてよろしいでしょうか?」と聞かれた。当方に勿論断る理由はない。

 

間もなく先ほどの店員さんが二十歳前後の男性店員を連れてやってきた。東南アジア系の顔立ちに見える。メモを読みながら、

「いらっしゃいませ。当店に来られたことはありますか?」(いや初めてです。)

「飲み放題のドリンクはグラスの交換でさせていただきます。」(はい。)

「お通しの枝豆に300円頂戴しますがよろしいでしょうか。」(はい。)

 

正直言ってたどたどしい日本語だ。ちゃんと注文が通ったか心配な面もある。わざわざ実習生を担当させていいか聞きに来るくらいだから、クレームを言う客もいたのだろう。

 

では、お前はどう思ったのか聞かれたら返答に困る。「彼だって頑張っているのだから。」と言うのはたやすい。でも、どこか上から目線だ。それは私の本意ではない。

 

何か国語もマスターした人が口を揃えて言うのが「一番難しいのは日本語」ということだ。また、その言葉でも一番簡単なのは学校の授業で、次にビジネス会話。一番難しいのは日常会話だという。当たり前だ。どんな話題、どんな名詞が出てくるか分からないのだから。

 

少し前に書いた「韓国のスナック」でも独身時代に日本で行った「フィリピンパブ」でも彼女らの日本語の達者さには驚かされた。一番難しい日本語の、一番難しい日常会話に於いてである。

 

私達は反省しなければならない。学校で、また人によっては社会人になっても、あれだけ時間をかけて学んだ英語ひとつ、ろくにマスターできていないことを。

 

入社した頃会社の先輩から聞いた話だが戦時中、米兵の一部にカンヅメで日本語の徹底教育を施したら、ほぼ一ヶ月で不自由なく読み書き出来るようになったという。私達は何をやってきたのだろう。

 

あの実習生も次行った時は見違えるほど日本語が上達していることだろう。

 

ガンバレ実習生!

 

水戸黄門と暴れん坊将軍

少し前の水戸黄門に若き日の暴れん坊将軍(徳川吉宗)が登場するシーンがあった。三男坊なので跡継ぎにもなれず不貞腐れて江戸で遊び回っているという設定だった。

 

調べてみると水戸光圀1628-1701、徳川吉宗1684-1751なので年代的におかしな点はない。善玉の信じられないような強さ等絵空事の多い時代劇だが歴史考証はしっかりしているようだ。

 

水戸黄門のエンディングは多くの人が知っているように助さん角さんが悪者たちを懲らしめた後、印籠を見せて全員平伏がお決まり。

 

一方、暴れん坊将軍は敵地に乗り込んだ吉宗に悪者(大抵は上級武士)が気付いて先に平伏する。処が吉宗はそれでは許さず「武士ならば潔くせよ。」と自裁を迫るので、追い詰められた悪者が「かくなる上は。」と反逆し、配下の侍もろとも吉宗たちに斬られて全滅というパターン。

 

水戸黄門全般に殺しの場面がないのは一説にはスポンサーの松下幸之助氏が殺しのシーンを好まなかった為とも言われているが、気の毒なのは暴れん坊将軍で吉宗に斬り殺される悪者の部下たちだ。「ボスさえ責任を取って自裁してくれていたら…。」と思いながら斬られていったに違いない。

 

今、桜を見る会の問題で現、前総理が追求されている。又もや「知らなかった」で済ませる積もりのようだが、では以前の費用の補填は一切していないという答弁との矛盾をどう説明する。

 

いつの時代も困った上司を持った部下は大変だ。