イギリス王室

https://news.yahoo.co.jp/pickup/6387116

大ニュースだとも思うし、大ニュースとも思えない。

 

欧米では未だに人種差別があるのは誰もが知っている。ダイアナ妃もアラブ人富豪と交際していたことが原因で殺されたという都市伝説もある。

 

街頭インタビューを受けたロンドン市民も「信じられない。」と言っていたが、どの口が言っている。

前回の続きで思ったこと

昨日挙げた4人の女優さんは何れもそれ程売れる(人気の出る)ことなく引退したようだが、何もわざとマイナーな人を選んだのではけしてなく、美しいと思った女優さんが偶々あまり売れなかっただけのことである。

 

ただ、以下のようなことは言えると思う。この4人以外にも昔の時代劇で美しいと思った女優さんは勿論いる。例えば

 

夏樹陽子さん

http://blog.livedoor.jp/donzun-actors/archives/8489283.html

 

朝加真由美さん

http://blog.livedoor.jp/donzun-actors/archives/29564826.html

昔のドラマを見る楽しみ

毎日、昭和~1990年代の時代劇を見ていることは前に書いた。勿論、話が面白いから見ているのだが、思わぬ密かな楽しみも見つかった。

 

それは今まで知らなかった美人(可愛い)女優を発見することで、その中でもベスト4とも呼ぶべき方々を順不同で紹介したい。

 

1.仁和令子さん

http://blog.livedoor.jp/donzun-actors/archives/8076055.html

時代劇で美人女優を探すことが楽しみになるきっかけを作ってくれた方。初めて見た時は「こんなアイドル顔負けの可愛い女優がいたのか!」という嬉しい驚きに身が震えた(大袈裟か?)。早速調べてみると2018年に60歳の若さで亡くなっていた。美人薄命。幸いなのはここに挙げた4人の中では比較的多くの作品に出ていることで、私も5,6本の時代劇で見る機会に恵まれている。

 

2.桃山舞子さん

http://blog.livedoor.jp/donzun-actors/archives/54145110.html

この方は、ここの写真に掲載されている作品でしかお目にかかっていない。「大奥十八景」という映画にも出ているらしいので録画しているが、その他大勢の役なのか早送りで見る分にはどこに出ているのか発見出来なかった。じっくり見ようと思うが気が進まない。その他にどんな作品に出ているのか、今おいくつなのか一切不明。

 

3.山口智子さん

http://blog.livedoor.jp/donzun-actors/archives/53828379.html

この方も同様で詳しい事は分からない。「男組」という映画にヒロインで出ているのでレンタルで見たが、涙が出るほど詰まらなかった。でも、ルックスだけ取れば有名な方の山口智子(唐沢夫人)より数段上だと思う。少なくとも私は好きだ。

 

4.岐邑美沙子さん

http://blog.livedoor.jp/donzun-actors/archives/44300800.html

「きむら」と読む。最初期の「暴れん坊将軍」に北島三郎さんの妹役でレギュラー出演。現在テレビ和歌山で(絶賛)放映中。従って私の中では現役女優。かなり以前に引退した模様。今年66歳。私より4歳お姉さん。どうでもいいけど。

 

以上4人、私の中では全く甲乙付けがたい。詳細の分からない桃山さん、山口さんも多分60歳は過ぎていると思われる。一般人も芸能人も女性は確実に美しくなっていると思うが、トップレベルはあまり変わっていない、と言うよりむしろ、昔の女優さんの方が美しかったのではないか、彼女らを見ているとつくづくそんな気持ちになってくる。

 

今後も、また新たな美人女優を発見出来ることを願っている。これも老け込まない為には必要なこと。

ずっと考えていた

人間は理想的な状態であれば125歳位まで生きられるらしい。もし私がその歳まで生きられるのならまだ折り返し点にも来ていない。

 

まあ、そんな事は夢物語で現実は一生を24時間に置き換えたら今は夕方6時。残るは夜の暗闇のみ。そう考えると嫌でも「自分の人生、これで良かったのだろうか」と考えざるを得ない。

 

何度も触れているが、人間の幸不幸なんて所詮プラスマイナスゼロ、何もかも恵まれるなんて有り得ない、それは分かっている。でも自身の半生(4分の3生?)を振り返ると余りに公私の幸不幸のバランスが悪い。

 

公私の私の方は本当に恵まれた。良き家族、良き友に恵まれた。特に子供とまだ未知数だが孫は本当に私の自慢だ。皆こんな親を反面教師に素直に育ってくれた。照れくさいのでこれ位にしておくが。

 

問題は、公の方である。あれだけ恵まれた社員生活をスタートしたのに、どこでどう間違ってしまったのか。会社を辞めてもう何年にもなるがこの事が頭を離れなかったことはなかったが、最近ようやく原因らしきものの結論が出た。

 

私は昭和57年、1982年に会社員生活をスタートした。約半年の新入社員研修を終え、ステレオ事業部に配属されたのが同年11月。それから2年もしない昭和59年秋、突然研修派遣、それも例年全社で一人しか行っていない外部機関への出向を命じられた。

 

研修期間はおよそ10か月だったが研修費、寮費、アメリカ留学費併せて700-800万円位掛かったと聞いた。実績どころか勤務経験も殆どない私への「先行投資」、自分で言うのも気が引けるが余程将来を見込まれていたのだろう。

 

ただ上にも書いたようにこの研修派遣は松下全社で一人のみ。派遣に当たっては本社人事部に転籍の上、出向という形を取っていた為、お互い殆ど見ず知らずのまま外部に出てしまった。これがまずかった。もし、少しでもお互いのキャラクターを知っていれば「あの人にこんな事を言ったらまずい」とか「あんな事を言ってるが本音はこうだ」とか分かり合えたと思うのだが、知らない者同士、本音と建前の区別がつかない関係は対立しか生まれる道理はなかった。

 

さて、研修の内容も仲間も申し分ないものであったが、研修所の所在地があまりに辺鄙であった。富士山麓の中腹、近くに1軒の施設も店もなく、最寄りのバス停まで徒歩30分、バスも1日2-3本という正に陸の孤島、しかも自家用車を持つことも許されなかった。事故を起こすことを恐れていたのだと思う。

 

会社に寄っては車を持つことを許可されているところもあり、私は会社にせめて車を持たせて欲しいと要望した。

 

それに対する返答が電話だったか郵便だったか、どんな話し方(書き方)だったか覚えていない。が、「給料を貰って研修させて貰っているのだから…」という返答を聞いた時、私の中で何かが弾け飛んだ。気が付けばこんな風に言い返していた。

 

「私は何も希望して研修に来た訳ではない。研修も仕事と思っている。そんな研修に行かせてやっているかのような言い方は心外だ。」

 

思えばこれが全てだった。本社の人事部もさぞや腹を立てたと思う。誰もが望んでも叶わないような結構なご身分でありながら、まだ不満を言ってくるのだから。中小企業なら「今すぐ帰って来い!」と言われても文句の言えないところだ。

 

勿論、一回の舌禍事件だけがその後もずっと尾を引いたかは分からない。今になっては繰り言でしかないが心を入れ替えて(あまり良い言い方ではないが長いものには巻かれろで)、その後の職務を真面目に行っていれば又違う展開もあっただろう。或いは研修の話があった時「せっかくですが希望の事業部に来ていますので」と断っていたら…。しかし私はそうしなかった。会社の冷遇には徹底したサボタージュで応じた。いくら松下電器が大会社でも、そんな人間などまともに相手にはしていられないのも当然だ。

 

今にして思うが、実務2年足らずの私をそんな多額の費用の掛かる研修に出してくれるには余程、強い推薦をしてくれた方が居たに違いない。

 

何よりもこの方に済まなく思う。

 

 

モダンタイムス

先日からNHKのBSでチャップリンの作品が放送されている。今日は3週目、1936年作品「モダンタイムス」。1970年代ビバ・チャップリンの名の元始まったリバイバル上映の第1回目に選ばれた作品で、私が映画館で初めて見たチャップリン作品でもある。

 

この作品に関しては一般に「機械文明への風刺を込めた」とか「この時代に来たるべきオートメーションの時代を予言していたのは凄い」などと評される。確かにコンベアの流れ作業のあまりの過酷さに気が触れるシーンや自動食事器で機械にノックアウトされるシーンはそれこそ「腹がよじれる」程笑わせてもらった。

 

チャップリンの映画は老若男女誰が見ても笑え、永遠に古くならないと言われてきた。確かに上記のオートメーションのシーンなど20世紀を軽く飛び越え、現代の我々にも突き刺さるテーマだ。しかし、その面白さもこれからの若者、AIが人間の代わりに作業をすることが当たり前の時代に育つであろう彼らに理解されるであろうか。

 

 

本稿は元々、「チャップリンとてさすがにここまでの機械文明の進歩は予測出来なかった」との趣旨で書くつもりだったが、よく考えれば違う。最近までの我々はまだ、機械に逆に使われていることへの危機感があった。

 

現代の人間はどうだろう。もはや機械に使われているという感覚、実感すら無くしてしまっているのではなかろうか。1日中寝る間もスマホを手放せない若者、休日もゲーム三昧で口も効かない夫婦が増えているという。

 

今こそ、チャップリンの予言が現実のものになりつつある。

 

 

 

 

 

 

こんなスポーツ大会は要らない

今日の読売新聞に「もうすぐ選抜高校野球が始まる。昨年は中止になり、選手たちの悔し涙にもらい泣きした。」という投書が載っていた。私がもし選手ならしめしめと思うだろう。「出ていたら優勝出来たのに」と、言えるのだから。

 

今を去ること40年前、私は誰よりも熱心な高校野球視聴者だった。言うまでもなく箕島が強かったからだ。1979年、箕島が春夏連覇を成し遂げたのは当時史上3校目の偉業で公立高校は未だに箕島のみ、他はみな私立の名門校ばかりである。

 

春の大会も夏の大会も主催が新聞社なのでマスコミが指摘することは滅多にないが正直、先発メンバー9人中、8人が県外の選手なんてチーム、応援する気になるか?果たして故郷の代表と言えるか?

 

私が小学6年生の時、国体が開催され殆ど観客ゼロの中マスゲームをやらされた恨みつらみは前に書いた。この時は第26回大会、まだ全都道府県網羅されていなかった。数年前、和歌山で2回目の国体が開催されたのでとっくに2巡目に入っている。今更だが1順した段階で終わっておけば良かったのではないか。

 

そもそも開催県がいつも優勝するなんて大会やる意味があるのか。県庁に勤めている友人に聞いたが、その優勝の為に事前にスポーツ枠の職員を大量採用するらしいのだが、当然のことながら国体が終わったからハイ、さようならと言う訳にはいかない。あくまで友人からの伝聞だが非常に彼らの一部は非常に職務能力が低いので配属された部署でお荷物になっていると言う。関係ないからと笑って済ませられる問題ではない。彼らの給料は我々の税金だ。

 

国体といい、高校野球と言い、もう止めてもいいのではないか。

 

 

ルックスと能力

告白 (文春文庫) https://www.amazon.co.jp/dp/416762401X/ref=cm_sw_r_u_apa_i_4GK0XGQYASPB5G6XYQEK

 

の中に忘れられない一節がある。

アメリカは建前上平等の国ということになっているが、実際は白人、黄色人種、黒人間で厳然たる階層差があり、同じ給料で募集すると能力は自然と黒人>黄色人種>白人となる。当時のニューヨーク支店は白人優先採用だったから彼女らの能力は推して知るべしだった。」

 

日本ではどうだろうか。さすがに人種間の階層差別はないだろうが新たにこのような事象が生じている。

 

数年前、「今でしょ」の林修先生の講演会に行った。前後の脈絡は忘れたがこんな話があった。

「私は自分の事務所には東大卒の女の子しか雇っていない。能力のみで採用したら偶々そうなっただけだ。なのに皆、顔(ルックス)で採っているでしょう?と言う。何故か考え、ひとつの結論に達した。」

 

①東大卒の男は社会的に成功する確率が高い。

②彼らは結婚相手に美人を選ぶ。

③その子供は父親に似れば頭が良い。母親に似ればルックスが良い。

④子供は頭が良ければ東大に行って美人(又は美男子)と結婚する。美人の子供なら東大卒の男(女)と結婚する。

①〜④を何代か繰り返すと美人でしかも頭の良い子供が産まれてくる。

 

聞きようによつては鼻持ちならないエリート意識満載の意見だが、明治以来この歴史が繰り返されてきたのも厳然たる事実として認めない訳にはいかない。

 

私には縁のない世界の話なので、これ以上続ける資格がない。失礼。