結局使い捨て

私の甥(と言っても40歳を回っているが)は勤務先の会社で人事畑が長く、採用の面接官を勤めたこともあるらしい。先日その甥が我が家に来たので聞いてみた。

「人事のプロは5分話せはその人が分かるって言うけどホンマ?」

それに対して彼の答えは確かにそんな話は聞くけど

 

 

 

 

 

https://news.yahoo.co.jp/articles/56f1fa0855cba86af6aa1abe30cbbc13d7ead6e2

それは違うだろ

たまたま点けたテレビで妻がイラッとくる夫の一言を取り上げていた。

例1

妻「何食べたい?」

夫「簡単なものでいいよ。」

例2

妻「寒い。」

夫「冬だからね。」

 

例1は分かる。そんなことを言う男にはカップラーメンでも与えておけば良い。いや、カップラーメンでも勿体ないくらいだ。でも例2は分からない。一体何と応えれば良いのか。

 

 

昨年BSの新しい局が3つも放送を始め「これ以上忙しくしないでくれ!」と嬉しい悲鳴を上げたが、それぞれ今までにない番組構成で楽しませてもらっている。中でもBSよしもとが往年の新喜劇を放送してくれているのはもう2度と見られないと思っていただけに嬉しさもひとしおだ。

https://bsy.co.jp/programs/by0000015995

 

この世に生を受けて60余年、今まで見たお笑い番組で何が1番思い出に残っているかと言えば断トツで小学生時代に見た吉本新喜劇だ。当時の新喜劇はただ面白いだけではない、時には泣かせ、考えさせ、これ以上ない人生の教科書でもあった。関西在住の私達世代で吉本新喜劇の影響を受けていない者などいない。

 

先回の放送では貧しい屋台のうどん屋の息子と金持ちの娘が恋に落ちる。当然娘の親は激しく反対するが最後は2人の真剣さに負けて結婚を許すという筋書きだったが、恥ずかしながら溢れる涙を堪えられないほど感動した。

 

「愛があれば〜なんて。」本来結婚とはこうあるべきだし、それは恋愛結婚でも見合い結婚でも変わらない。昔結婚相手の男に求める条件として3高なる言葉が流行ったが、それがいつしか3低になり、今は3Yとか。3Yとは優しい、容姿が良い、(経済的に)ゆとりがあるとのこと。何のことはない、3高の高学歴が優しいに変わっただけだ。困るのはこんな言葉が流行ると、世間の女性がそれに影響されて相手へのハードルを上げるので、低スペックの男性が益々縁遠くなってしまうことだ。

 

少子化対策待ったなし」

何十年も前から分かり切っていたのに成果どころか益々状況は悪化している。それなのに恥ずかし気もなく同じことを連呼出来る政治家という人種の制震構造はやはり我々の想像を越えている。例えば私が車のセールスマンだとして「今月は☓台売ります!」と宣言だけして何十年も目標を達成出来なかったらとっくにクビになっていただろう。

 

更に絶望的なのは与野党とも少子化や非婚の原因を一にも二にもとにかく金銭の問題と捉えていることだ。だから出産祝い金だの教育無償化みたいな案しか出て来ない。断言してもいいが出産祝い金を倍にしても、大学まで授業料を無償にしても子供の数は増えない。

 

私の考えでは日本人の価値感を昔のように戻さなければ少子化も非婚も改善しないと思う。結婚相手にやたらと高いハードルを付けないこと。屋台のうどん屋でもいいではないか。子供が出来れば(家族が増えれば)金が余計にかかる、生活費を切り詰めなければならなくなる、旅行にも行けなくなる、そんなの当たり前ではないか。その分何者にも代えがたいお宝を授かるのではないか。そんな風に考えられないか。

 

「寒い。」「冬だからね。」のように

「旅行行けなくなったね。」

「子供が出来たからね。」

と言い合えるカップルが一組も多く出てくることを切に願う。

 

宝の持ち腐れにするな

このブログの最初期の頃、高校入学したての時にクラスの女子生徒から告られるという千載一遇のチャンスがあったのに活かすことが出来なかった失態について触れた。放課後に指定された場所(確か体育館裏だった)に行ったはいいがその後どうしたらいいのか、何を喋って何をしたらいいのか全く思い付かず結局すっぽかすという1番やってはいけないことをしてしまった。今思い出しても非常に申し訳ないことをしたという思いと、いや、それまでデートどころか女性と口を利いたこともろくになかったのだから仕方ないという思いが交差する。

 

お見合いも同様だ。会社に入って何かと女子社員とも接する機会もあったのでさすがに話をすることすら緊張するということはなかったが相変わらずデートの経験はゼロ、2人にされた後、どこに行けばいいのか、何を話せばいいのか長い間悩みの種だった。その後20数回のお見合いを経て今の妻と結ばれた訳だが、私のお見合い遍歴のことはまたの機会にしたい。

 

そんな何回目かのお見合いの折り、南部梅林に行ったことがある。今思えばあまり女性が喜びそうな場所ではないかも知れないがそこまで考える余裕がなかった。

 

今でこそ和歌山を代表する産物として1番に挙がることの多い梅だが当時(昭和60年代)の知名度はそれ程ではなく、みかんの方が圧倒的に全国的には名前が知られていた。処が南部梅林に行って驚いた。訪れる人もそう多くないのに梅を使ったお土産品、和洋菓子、お茶、漬物、勿論梅干し、中には梅の木を使った工芸品までが所狭しと露天の店先いっぱいに並んでいた。この時私は確信した。「きっと南部の梅はもっと有名になる。伸びる。」それに対して味の良さに胡座をかいてろくなPR活動をしてこなかったみかんはその後どうなった?ポンジュースといえば知らない人がいない位有名だがあれは愛媛みかん。では和歌山みかんのジュースの名称は?県民ですら知らない人の方が多いのではなかろうか。

 

NHKブラタモリ」で宮崎県の高千穂を訪れていた。今でこそ日本屈指のパワースポットとして多くの観光客が押し寄せる高千穂だが昭和初期までは知名度も低く、訪れる人も殆どいなかった。

 

高千穂が全国的に知られる大きなきっかけになったのは昭和25年の日本名所100選の渓谷部門で3位になったことだが、これも地元の人々が寄ってたかって応募ハガキを書きまくった成果らしい。今だったら倫理的に微妙なところだが、それだけ必死だったのだろう。

 

その日本観光100選の結果がこちら。

http://gauss.ninja-web.net/shinnihonkankouchihyakusen.html

 

これを見ると和歌山県が4部門でベスト10に選ばれているが今でも何とか頑張っているのは温泉部門の白浜のみ、海岸部門で堂々の全国1位に選ばれた和歌浦友ヶ島は一体どうなってしまったのか。生まれる前なので当時のことは知らないが3位に(それも地元民の投票というコンプライアンス違反ぎりぎりの手段で)入った高千穂にも観光客が押し寄せたというのだから和歌浦はさぞや大変な賑わいだったと思うが今、彼の地を訪れて往年の繁栄を想像することすら難しい。当時の和歌山の観光業者(官民合わせて)は何をやっていたのか。和歌山県のことだから地元民の投票運動などしていないだろう。だからこれは全国の方からの本当の評価の表れだ。それだけに今の凋落ぶりが残念だし、それ以上に歯がゆい。

 

当時の和歌山市の観光業関係者に南部梅林のように熱心にPRを推進する人がいればその後の展開も大きく変わっていただろう。これだけ自然条件に恵まれた場所なのに選ばれたことのない住みたい街にも入っていたかも知れない。そうなれば人口も・・・。

 

妄想はきりがない。

 

 

 

腹の立つ言葉遣い

その時、私は和歌山に住んでいなかったが、早朝から多くのヘリコプターが飛び交い何事かと驚いたという。親に聞いた。阪和銀行副頭取射殺事件があった時だ。

 

昨日今日とやたらという程ではないがヘリコプターが飛んでいると思ったらこの事件の影響らしい。

https://www.yomiuri.co.jp/national/20230119-OYT1T50202/

また和歌山が不名誉な事件で・・・。

不愉快。もう触れたくない。

 

 

小学生の国語の教科書にこんな文章があった。何を教えるための授業だったのかは覚えていないが文章は覚えている。

 

A君が買い物に行って店の人に聞いた。

「この鉛筆いくらですか?」

店の人;

「そこに書いてませんか。50円です。」

買い物を済ませて店を出たものの少々不愉快である。・・・

ものが鉛筆だったか、値段が50円だったか定かではないが概ねこのような内容だった。確かにこんな言い方をされれば腹が立つ。

 

ラッシュアワーの駅員さんは逆にちょっとした言葉遣いで切れる客に悩まされるらしい。

息を切らせて

「○時○分の電車は何番(ホーム)?」

駅員さんが「どこに行かれるのてすか?」と聞くと「お前は聞かれたことだけ答えたらええんじゃ!」駅員さんとしてはそれなら急行に乗って乗り換えた方が早いですよ、とかアドバイスするために聞いているのに切れられたら溜まったものではない。これは切れる客が悪い。

 

この言葉遣い(やり取り)の件で私も今少々不愉快である。

先日オークションで書籍を落札した。出品元は北海道。日曜夜に落札し、月曜に普通郵便での発送連絡がきた。そこまでは問題ない。処が昨日(木曜)の昼に受け取り連絡の督促が来ているではないか。勿論この時点では受け取っていない。北海道からなら3、4日は掛かるだろう。それに督促なんて余程連絡が遅かった場合、例えば1週間以上何も連絡がないのならまだ分かるが1日、2日予想より遅れたくらいでせっつくものではないだろう。

 

私も馬鹿だ。夕方に落札したものが届いたので早速受け取り連絡すると共にとても良いの評価を付け、ご丁寧にも取引メッセージに「商品本日受け取りました。やはり北海道~和歌山は時間が掛かりますね。」とまで打電した。立腹させられた相手にわざわざ塩を送る善意を見せた訳だ。然るに出品者からは梨の礫。本当に腹が立つ。

 

私にも反省点はある。受け取りの督促が来た時点でまだ着いてません、とだけ返信して何日か放置しておけば良かった。出前を頼んだのに遅かった場合、店に電話すると必ず「今出ました。」との返事が返ってくるが電話のこちらでは嘘つけ、まだ出てないやろと思っている。きっとそんな風に誤解されたに違いない。

 

このお人好し、何とかならないか。

 

 

生きている内に

私がはっきりと記憶に残っている1番古いオリンピックは1968年のメキシコシティ大会。そしてその時目撃したアメリカ、ビーモン選手の走り幅跳びの驚異的な世界記録に受けた衝撃については前に触れた。実際この記録はその後23年も破られることなく、1991年に更新された記録は未だに破られていない。

 

そのオリンピックの最大の注目競技といえばこれは文句なく、世界共通で男子100メートル決勝。2008年の北京大会でジャマイカのボルト選手が横を向き胸を叩きながらしかもぶっちぎりで優勝したシーンは多くの人の記憶に残っている。と、同時に皆思ったのは真面目に前を向いてゴールを駆け抜けていれば一体どんな記録が出ていたのかということ。そして翌年の世界陸上ベルリン大会で魅せてくれた。その記録なんと9秒58。勿論今でも世界記録だし、世界第2位の記録が9秒69。100分の1秒にしのぎを削っている短距離の世界で0.1秒違うということがどれだけ大変なことか全く門外漢の私でも想像できる。あの大記録から14年目になるが私の生きている内にこの記録が破られる日が来るのだろうか。けして大袈裟ではない。実際上記の走り幅跳びの記録は今年で32年も破られていない。今から32年というと私の歳は2ケタぎりぎりだ。

 

そのボルト選手が投資詐欺の被害にあった。

https://news.yahoo.co.jp/pickup/6451091

 

別のニュースでは現在ボルト選手の口座には日本円にして150万円ほどしか残っていないと伝えていた。意外なほど貯めていなかったんだ。彼ほどのスーパースターならもっと稼いでいると思ったが。余計ボルト選手のファンになった。早く犯人が捕まってほしい。

衝撃の書

昔愛読していた週刊文春の川柳コーナーにこんな作品が掲載されていた。

「有名な和歌山県に住んでいる」

 

ちょうど毒物カレー事件があった頃で、確か知事か市長のスキャンダル辞任とかもあったように記憶する。他にも2、3あったと思うが思い出せない。どちらにせよ名誉な話でなかったことは確かだ。

 

それ以来全国ニュースからは鳴りを潜めていた和歌山県が久しぶりにやってくれました。

「夫婦喧嘩で自宅に放火。息子が焼死。」

何をやっているのか。

 

「犬が人を噛んでもニュースにならないが人が犬を噛んだらビッグニュース」。使い古された言い回しだが、子供が、それも13歳の娘が母親を刺殺とは穏やかな話ではない。もっともその前に親による子殺しが珍しいニュースでなくなった現状を憂えるべきか。

https://www.at-s.com/sp/news/article/shizuoka/1179428.html

 

他のニュースサイトでは14歳以下のため性別、学年は明らかにされていないと書いているが、この辺りの規制は実にいい加減だ。

 

昨年1番衝撃を受けた言葉として乳児の時に捨てられ、ずっと里親に育てられた今大学生になった男性が実親への思いを聞かれ「親には幸せになっていて欲しい。子供を捨てたけどやっぱり幸せになれなかったでは僕が許さない。」を挙げた。今年はまだ始まったばかりだが、同じくらい衝撃を受けた本に出会った。

「ただしさに殺されないために」

というタイトルの本でそこにネット上の匿名の書き込みとして次のような言葉が紹介されている。

 

「俺なんてゴミの回収の仕事をして年収たった200万円台」

「ゴミの回収は無かったら社会の全員が困るが、プロ棋士なんてなくてもだれも困らない」

「ただのお遊びがどうして自分のようなきつくで危険な仕事よりも稼いで、しかも世間からもてはやされるのだ」

 

将棋はただのお遊びではない、彼らも生命を掛けているという反論は当然あるだろう。しかしゴミ回収の仕事をする人がいなくなったら社会全体が大混乱になるが、プロ棋士全員が突然全員いなくなっても社会が回らなくなるということは起こらない。

 

こんな事例が分厚い本に数多く紹介され、著者の分析も非常に鋭利、的確で胸に刺さる。是非一読を勧めたい。