テレビ和歌山 開局50周年

松下幸之助氏の出身地にも関わらず和歌山県松下電器の工場が無い最後の県だった。

 

表向きの理由は交通の便が悪いし、土地が高いからとなっているが実際には地元の反対もあったと聞く。「松下みたいな大企業に来られたらウチの社員が辞めてしまう。」というのがその理由。何とも情けないし恥ずかしい。

 

4/24-26富山県へ旅して来た。主な目的は「雪の大谷」見物(旅行中くらい大谷から離れたかった!)。先ず降り立ったのは富山駅。今調べると富山県の人口は100万、同じく富山市が40万。和歌山と比べてそれ程の差はない。10年くらい前は和歌山県の人口も100万を超えていたし、和歌山市も40万都市だった。

 

それなのにこの賑わいようの違いは何だ!こればかりは到底口では説明出来ない。実際に目で見て確かめてもらうしかない。駅直結の「とやまルシェ」の土産物店を覗くと目に付くのが北陸3県(富山、石川、福井)共同開発の商品の多さだ。やる気のある県が力を合わせているのだからこんな強いことはない。それに比べて紀伊半島3県(奈良、三重、和歌山)は何か協力し合っているのだろうか。

 

あっ、そうか。三重も奈良も単独でも充分な観光収入があるのでわざわざ他の県と組む必要はないのか。それとも和歌山に松下の進出時のように反対している連中でもいるのか。そんなアホは無視していいので助けてくれ。

 

テレビ和歌山開局50年。

https://www.tv-wakayama.co.jp/bangumi/onair/50th/

 

50年か。あの頃の和歌山は活気があったな。今は全国チェーンの店なのに和歌山には無く、泣かされることが多いが当時はむしろ早目に出店することの方が多かったのではないだろうか。ゴッドファーザー太陽がいっぱいで有名な作曲家、ニーノ・ロータの来日コンサート場所にも選ばれたし。

 

テレビ和歌山で1番に思い出すのは1981年のダイエー出店時のオープン特別番組だ。当時のダイエーといえば小売業日本一、松下に喧嘩を売った男、中内功社長が君臨。そのインパクトは後のイオンなど比べ物にならない。

 

開店で大賑わいの中、ある中年主婦にアナウンサーがマイクを向けた。

「お母さん、ダイエーがいよいよ和歌山でオープンしましたがどうですか?」

「そんなことより兄ちゃんトイレ何処よ。」

 

未だにあれ以上の放送にはお目にかかっていない。和歌山もあの時がピークか。