ナショナルの電卓

春秋園事件」と言っても余程の相撲ファンでなければ知らないと思う。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%98%A5%E7%A7%8B%E5%9C%92%E4%BA%8B%E4%BB%B6

 

首謀者の天竜さんは後に「師匠の出羽海親方(横綱常陸山)が生きていたらあんな騒動、起こす気持ちにもならなかった。」と述懐している。それほど師匠は卓越した人格者だった、と。

 

昨日、リビングルームの電話台を整理しているとJE-402という型番のナショナル製電卓が出てきた。これには思い出深いものがある。

 

40年前、私は当時のステレオ事業部で営業研修を受けていた。受け入れ責任者はM課長という人だったが、この人が無茶を言う人だった。これも営業研修中の出来事だが、東京晴海で毎年開催されていたオーディオフェアの会場設営のお手伝いに研修仲間全員で行くことになった。人事からは肉体労働なので私服で良いと聞いていたのでそれなりの軽装で事業部に集合するとM課長の雷が落ちた。

「人事から私服で良いと聞いていたので。」 

「阿呆か!松下マンの私服はスーツに社章を付けることじゃ!」

結局全員寮まで着替えの為に帰ることに。

 

この電卓もそうだ。研修中のある週末M課長が言った。

「皆来週から電卓持って来るように。勿論ナショナルの製品やで。」

 

今ならどこの家でも使っていない電卓の1台や2台転がっているだろうが当時はそれなりの高級品、ましてやその頃から電卓といえばシャープかカシオ。ナショナルの電卓なんて売っている店があるだろうか。

 

あくる土曜日は朝から日本橋でんでんタウンにナショナル電卓を探しに行った。店の方に「ナショナルって電卓作ってたか?」と言われながら何軒目かでようやく探し当てた。値段も高かった(5、6千円)が嬉しさが勝った。

 

このM課長に限らず昔は無茶を言う上司が多かった。ある日、PHP誌を購読するか聞く回覧が廻ってきた。読みたければマルを付けるのかと思ったら「要らない人は理由を書くように」と添え書きがあった。

 

今こんな押し売りまがいのことをやったら大問題だろう。目を皿にして捜した電卓もいつの間にか会社からの支給品になった。通勤時の服装もカジュアルな私服になったと聞く。

 

何回も書いてお恥ずかしい限りだが90年代以降、私は「ミニ春秋園事件」を繰り返した。天竜さんは言っている。「師匠は一言で言うと厳しいに尽きる人だったが、時折何とも言えない優しさを見せてくれる時があり、それが堪らなく魅力的だった。」

 

私もM課長の元ではどんな無茶を言われても反発する気は起こらなかった。自分のことを棚に上げるのは厚かましいがM課長のような上司に巡り会えなかったことが私の不運だった点なのかも知れない。