差別意識を考えるⅡ

前項に続いて人間が本来持っている差別意識について書く。

 

昔は「教師は聖職」などと言われたが今思えば結構ひどいことを言う者もいた。私の教わったある教師は「自分の受け持った生徒でさっぱり勉強の出来ない奴がいた。そいつは今バキュームカーに乗っている。」と言った。忘れもしない。何なら名前も覚えている。

 

今こんな発言が明るみになれば大問題になっていたこと間違いないが、本音をストレートに喋っているだけまだ可愛げがある。前に書いた「いい学校に入っていい会社に入って〜」と根っこは同じだ。

 

今は私立の進学校が出来たのでトップとは言えなくなったが私の卒業した高校は自他共に認める県下随一の名門校、後に職場で一緒になった新宮市出身の先輩に「お前○高校行ってるのに何でX大学やねん。」とからかわれたほど、県下一円にその名前は轟いていた。

 

その入学後の最初の授業は各教師との顔合わせも兼ね、自己紹介など当たり障りのない内容で終わる場合が殆どだったがある教師がこんな質問を発し、全員に回答させた。

「君たちはなぜこの高校に来たのか?」

 

なぜって自分の成績で入れる一番の難関校で、受験に有利だからに決まっているではないか。でもそんな回答を言いにくいことは高校生と言えども分かる。皆それぞれに頭を捻って答えていた。私は?はっきりとは覚えていないが家に一番近かったからと答えたような気がする。家に一番近いのは間違いないが情けない返答をしてしまったものだ。

「(他はみな落ちたので)ここしか来るところがありませんでした。」くらい言ってやれば良かった。反省。

 

それにしてもこの教師(確か女性だった。大体女性の方が底意地の悪い奴が多い。)は何故こんな質問をしたのだろう。そしてどんな回答を望んでいたのだろう。

 

私は当然そちらの側ではないので嘘とも本当とも言えないがある会社の就職試験では東大、京大の学生だけを別室に集め、他の会場に集合しているその他の大学の学生を指差しながら「君たちはこれからあの連中を使っていかなければならないのだよ。」と教えるという。まさか、と思うが如何にもありそうな話にも聞こえる。

 

さすがに今はこんなことはやっていないと思いたいが、今は機械が間に入っている分余計に巧妙狡猾になっている。前にも書いたが私の友人の息子がある会社の説明会に自宅のパソコンから申し込んだらもう受付を終了したと出た。処が別の大学の者はそれより後に申し込んだのにすんなり受け入れられたという。学校名を識別するプログラムが仕込まれているのだろう。

 

平等平等と言いながら進んだ学校の違いだけで未だにこんな門前払い同様の差別が行われているのが今の日本の実状だ。

 

説明は難しいがこれらの会社の対応と上記の教師の質問に似たような臭いを感じる。想像ではあるがこの教師は我々○高校の新入生に自尊意識(エリート意識)を持たせたかったのではあるまいか。

 

この項続く。