日本人の劣化について考える

アメリカに行ったのは後にも先にもたった1回、1985年に3週間ほど滞在した、それだけである。だがその目的はただの出張ではなく、勿論旅行でもなく留学、日本企業訪問、現地従業員との交流等多岐に渡っていたので比較的多くの人と話す機会があったことは多少なりとも自慢に思って良いと感じている。

 

アメリカ人というとヤンキー気質という言葉があるように底抜けに明るい印象を持っていたが私が実際に感じたアメリカ人の1番の特徴は日本人以上に保守的、懐古的で奥ゆかしい人が多いということだった。自国に長い歴史がないからかアンティークなど古いものに強い憧れがあり、車や家電なども日本人のようにすぐ買い替えるのではなく、修理しながら長く使う。そういう気質の人が多いように感じた。

 

勿論、明るい人もいた。とある町のミュージックショップでポール・サイモンブラームスのカセットを買ったとき店員に「ポール・サイモンアンドブラームス!、ナイスコンビネーション!」と言われたことは懐かしい思い出だ。しかしその明るさも根っから出たもの、というより明るく振る舞うことで連帯感を求めている、そう感じたのは私の考え過ぎだろうか。

 

 

今「コンビニ店長の残酷日記」という本を読んでいる。この本、とにかく面白い。面白過ぎるのでなるべくゆっくり読んでいるが、まえがきにこんな文章がある。

「一昔前と現代とでは日本人は明らかに変わってきている。何かが明らかにおかしくなつている。」

どんな経験をしてそんな風に感じたのか。まだ半分も読んでいないがこんな例え話が書かれている。

 

何も買わずに「トイレある?」は当たり前。

人の店のものを借りるのに「貸してください」と断る人は少ない。以前はトイレを借りたら缶コーヒーや週刊誌など何かしら買ってくれたものだが今はそういう人も少数派だ。

 

私は滅多にコンビニには行かないがそれでもこの店長の言っていることは痛いほど分かるような気がする。

 

コンビニに行かない代わりにスーパーには会社員時代からよく行っており、どうしても腹の立つ客の振る舞いが3つある。

①買うのをやめた商品を元の売り場に戻さない奴。

②車まで押して行ったカートを駐車場に置きっぱなしの奴。

③身障者用の駐車スペースに停める奴。

特に③の奴を見かけると軽い殺意を覚える。

 

残念ながら昔の買い物客がどうだったのか詳細には覚えていないが、今ほど酷くはなかったのではないか。

 

何故こんなにも日本人は変わってしまつたのか。機会があれば考察してみたい。

 

そしてアメリカ。あれから37年経つが今はどうなっているだろう。機会が許せばもう一度行きたいが円安がひどすぎる。それ以上に英語力が劣化していることが気がかりだ。