初恋?

人間の記憶とは不思議なもので、自身にとっての一大事だからといって必ずしも覚えているものではない。最近読んだ本にも書かれていたが、奥さんが病で寝込み、自営業のかたわら子供二人のオムツ換え、ミルク全部やった。嵐のような日々だつたが、この間の記憶がすっぽり抜け落ちているという。

 

これとは逆であるが、私にもこんな記憶がある。小学校低学年のある日のホームルーム、明日の遠足の話をしていた時、ある女子生徒が「バスでは好きな子と(男の子という意味ではない、友達)一緒に座ってもいいんですか?」と聞いた。すると先生が間髪を入れずに返した言葉が「嫌いな子、おるんか!」

 

女子生徒の質問は誰しも考えていたことで、いわば皆の意見を代弁したものと言えた。なのにこの血も涙もない返答はなんだ。教室が静まり返った。この時の重い空気感は先生の名前、生徒の名前と共に今なお記憶に鮮明だ。

 

さて、本題に戻る。

 

初恋?と書いたのはいわゆる好きになったとかの感情から始まったものとは少し違うものだったから。

 

中学二年のある日、私は友人の机脇で立ち話していた。その時急にオナラを催し、後ろに誰も居ないことを確認して思い切り、と言っても教室の喧騒で聞こえない程度に放屁した。ああ、すっとしたと思ったのも束の間、たまたま通りかかった女の子にしっかり聞かれてしまったのだ。一生の不覚、と焦ったがもう手遅れ。女の子は席に戻って真っ赤な顔でこちらを見ている。

 

この子のタイプからして皆に言い触らす心配はないと思われた。第一、話題にするほど価値ある話でもないだろうし。

 

とは言え、男同士でも聞かれたことのない放屁を女の子に聞かれてしまった事実は私の心に重くのしかかった。この子が丁度、私の左後ろに座っていたこともあり、授業中も折に触れて気配を探るようになったのは自然な心の動きかもしれない。

 

初恋話は以上である。遅いかも知れないが私が特定の女性を意識した最初の経験である。この女子生徒の名前は今も覚えており、今でも卒業アルバムで見返すこともある。三年になりクラスは分かれたが、もし同じクラスだったらどうなっていただろう。

 

間違いなく、どうにもなっていないのだが。