大失敗

失敗と言っても本当に深刻な失敗はここには書けない。前に書いた「人間は自分にも言えない秘密がある」に近い。

 

ここに書ける範囲の失敗でたまらなく居心地の悪い思いをしたものについて。


25歳の時に転勤した職場の部署の隣に事業部長室があったのだが、その秘書(K嬢)が嫌な女で管理職にはおべっかを使って媚を売るくせに、我々一般社員は歯牙にもかけない、何かと言えば事業部長の威光を笠に着る等、私だけではなく、殆んど皆から嫌われていた。


ただ、ぱっと見、楚々としたお嬢様風なので彼女と日頃関わることのない男からは人気があったとしても不思議ではなかった。


さて、私の知る限り転勤先には私以外に4人の大卒文系の同期がいたのだがその中の一人(Nさん)があろうことかK嬢と付き合っているとの噂が聞こえてきた。Nさんの居る部署は違う建物。K嬢の本当の姿を知らなくても無理はない。と言っても私とNさんは顔を合わしたら言葉を交わす程度の仲。わざわざ出向いてまで教えることはしていなかった。


そんなある日、社員食堂でNさんとすれ違ったので声を掛けた。「あんた、K嬢と付き合ってるって聞いたけどほんまか?」


今思えばNさんも悪い。「いや、付き合ってないよ。」ときた。正直に交際を認めていれば、それでも悪口を言うほど馬鹿ではない。「それはそれは。お幸せに。」位は言ったに違いない。


ところが付き合ってないと返ってきたので「それは良かった。あんな女絶対やめた方がええわ。」と応じた。


私も悪い。「それはどういうこと?詳しく教えて。」と聞かれた時点で気付くべきだった。付き合っていなければ詳細を聞いてくる筈がないことに。


そのことまで神経の回らなかった私はNさんにあることないこと、いや、ないことは話していないか。とにかく上に挙げたようなことを具体例を混じえながら熱弁した。


それから何ヶ月後だろうか、NさんとK嬢が何月何日に結婚するとの話が聞こえてきた。「えーっ!」驚きの声も出なかった。


当時の松下電器はまだ家庭的な風土が残っており、慶弔があると当事者が関係部署に御礼廻りする習慣があった。Nさんも結婚式直前の週末に当部にも挨拶に来たのだが、その時の居心地の悪いこと!こっそりトイレにでも逃げようと思ったがあまりに大人気ない。気付かない振りをしていると、突然肩を叩かれた。


特に言葉を交わした覚えはない。頭を掻き掻き立ち上がった私をNさんはニヤニヤ笑いながら応じてくれた。同期のふたりはそれだけで分かり会えた、は私の勝手な希望的観測か。


せめてもの救いは挨拶廻りにK嬢が同行していなかったことだった。


吐いた唾は飲めない。この反省は私の永遠のテーマだ。