贅沢な悩み

また、興味の尽きない本に出会えた。

https://www.fusosha.co.jp/books/detail/9784594092580

 

こういう本を読むと如何に自分がもの識らずなのか、世間の情報を鵜呑みにしているのか身に染みる。この本の最初に書かれているエピソードは例えばこのような話だ。

 

NHKウクライナ人女性のインタビューが放送された。字幕では

「今は大変だげと平和になるよう願っている。」

と表示された。ところがウクライナ語に堪能な人が女性の言葉を聞くと

「私達の勝利を願っています。ウクライナに栄光あれ。」

だったという。どうせウクライナ語を分かる日本人なんていないから嘘の字幕でもバレないと思ったのか。

 

これはほんの一例で温暖化の嘘、健康診断の嘘、コロナの嘘、次々と驚くべき話の連続だ。是非ご一読をお薦めする。

 

 

小さな子供に接した経験のある方なら知っていると思うが今の子供は1歳を過ぎる頃になるともうスマホやテレビの画面を触ろうとする。触れば何か起こることが分かっているのだ。ふたりの孫も動画配信に首ったけで、家に来ても同じような動画を次々と見ていて飽きることがない。親もリモコンを持たせておけば見たいものを自分で捜してくれるのだから任せっぱなしだ。

 

飽きることがない、と書いたが正確には飽きる暇がないか。個々の動画そのものが長くて数分だし、飽きればボタンひとつで次々と変えられる。一昔前子供の見る番組といえば教育テレビに代表されるような遊戯ものや民放のアニメ。何れも15-30分程度の長さはあったし、飽きても他の選択肢がないのでそれを見るしかなかった。

 

ボタンひとつで好きなものを無限に見れる。一見結構なことだが本当にこれでいいのだろうか。少しは我慢することを覚えることも必要ではないだろうか。アニメでも映画でもはたまた小説でも最初面白くないと感じても見ている内にストーリーに引き込まれるという経験は誰にでもあると思う。

 

お釈迦様がいよいよ涅槃を迎えるとなった時、真っ先に駆け付けたのがスズメ。だからスズメは見た目はけして美しくはないが何でも食べられる逞しい生命力を授かった。一方、自分のお化粧を優先して遅くなったのがツバメ。だからツバメは綺麗な見かけを貰ったが偏食でスズメのような逞しさがない。(実際私達の子供の頃は街中でもツバメを見かけたがふと気付くといなくなっている。)

 

いきなりこんな話を書いたのは、これがそれこそ私が物心がつくかどうかの頃に祖母から聞いた話で、その話を未だにはっきり覚えているからだ。私の小さい時は動画配信どころかテレビもまだ充分普及していない頃だったので田舎に帰った時に聞くお年寄りの話はより有り難く、興味深く聞いた。