『レコード芸術』休刊とクラシック音楽の現状

スター・ウォーズ」91歳のウィリアムズさん指揮、小澤征爾さんも舞台に - 産経ニュース

小澤征爾さんの近影。若武者と呼ばれた小澤さんも88歳。お年を考えれば無理もないがこれは見たくなかったな。

 

小澤さんが手兵のボストン交響楽団を率いて初来日したのが1978年3月。私は丁度大学受験の真っ最中だったが教育テレビで放送されたコンサートを勉強そっち除けで食い入るように見た記憶がある。確かベルリオーズ幻想交響曲がメインプログラムだった。

(受験真っ最中に見る方も見る方だが、何も言わない親もどうよ。もっとも、これは私の親の最大の美点のひとつだと思っているが。)

 

その小澤さんの近影に衝撃を受けた数日後、更なるショッキングなニュースが飛び込んできた。「レコード芸術休刊」https://www.ongakunotomo.co.jp/information/detail.php?id=2965

 

書いたばかりだか謝る。スマン。正直に言うとこのニュースは友人に教えてもらうまで知らなかった。つまり、最近は全く本誌を読んでいなかったのだ。何がショッキングだ!

 

まあ、でも長年クラシック音楽専門誌の草分けとして我々に幾多の知識啓蒙を果たしてくれた本誌にはいくら感謝してもし過ぎることはない。ここで私なりに休刊に至った理由を考えてみたい。

 

①先ず考えられるのはクラシック音楽を聞く人の数の減少。確かに昔からクラシックを聞くのは若者中心で、年を取ると聞かなくなるという傾向はあった。私の知り合いにも学生時代はそれなりに聞いていたのに社会人になってから全く聞かなくなったという者が何人かいる。むしろ社会人になっても聞いている方が珍しいくらいと言って良い。今の世の中、若者の数がどんどん減っているのだから当然少なくなっているだろう。

 

② ①とも関連するが、音楽を聞くスタイルの変化。昔は音楽を聞くというと家庭でステレオやラジカセで聞くというのが主な手段だった。これは推測だが今でも上記のような聞き方をしている人の中でのクラシック音楽を聞く人の比率は下がっていないと思う。処が今は音楽を聞くスタイルそのものが変わってしまった。そしてクラシックは携帯プレーヤーで聞くには最も向いていない音楽であることは間違いない。余談になるがたまにこういった層向けに手軽にクラシックを聞いてもらおうと「ショパン大好き!」とか「モーツァルトの居る部屋」などと銘打ったふざけた商品が売られているが、クラシック音楽ファンを増やすのに逆効果になれこそすれ、何の貢献にもなっていない。

 

③ソフトが安くなった。レコード芸術や関連誌の主な役割は一言で言って名曲名盤ガイドであった。例えばベートーヴェンの運命ひとつ取っても何十というレコード(CD)が売られており、どれを選べば良いのかさっぱり分からない。それに昔はソフトが高かった。CDが発売開始されたのは40年ほど前にだが当時の値段は1枚3500-4200円。そのまま物価スライドさせれば現代の1万円を上回る。とてもではないがそう簡単に買えるシロモノではなかった。必然、名曲名盤ガイドが必要になる。オーディオもそうだが皆、自分の好みに近い評論家を捜し出し、この人が推薦しているのだから間違いない、とかこの人が推薦しているから止めておこうという格好の羅針盤としてこれらの冊子を活用していた。処がその後ソフトの値段は急激に下がり、輸入盤のBOXものだと1枚数百円という値段で買えるようになった。更にインターネットでのユーザーレビューがプロの評論家の領域を侵し始めた。そうなるとそれまで幅を利かせていた「決定盤主義」というものが必要ではなくなり皆自身の好みの演奏、奏者を見つけることに価値を見出すようになった。このこと自体は大変喜ぶべき現象だがそれまでレコード(オーディオも同じ)評の記事を売りにしていた音楽誌、評論家にとっては冬の時代の到来を告げる以外の何者でもなかった。

 

①〜③を通じてクラシック音楽業界は堕ちるところまで堕ちた。もう浮かび上がる日は来ないのだろうか。歴女や刀剣女子のような今一度ブームになるような縁はないものか。